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「おばさんベトナム留学記」感想

読書記録

何かを始めるのに遅いということはない。
「思い立ったが吉日」、「今日がこれからの人生で一番若い日」
そんな言葉があるように、いつだって人が何かを始めるのに、「いまさら」なんてことは無いはずです。

そうは言っても、年齢というのは時に人を縛る。
大阪府で教員をされていた著者の中嶋弘子さん。大阪府の長期自主研修制度を利用し、ベトナムへの留学を申請する。なぜ教育先進国として挙げられる国ではなくベトナムなのか?という理由もさることながら、一番のハードルは

いい年になった既婚のおばさんが、一年も家を空け異国で本当に勉強が続けられるのかという、教育委員会の”お偉方”の心配(?)からなかなかOKがもらえないのではないかということだった。

おばさんベトナム留学記 中嶋弘子

とある。
やはり「おばさんが”いまさら”?」という空気感はあったようである。

それでも54歳でベトナム留学を決め、一年の滞在を終え、その時に感じたことや自身の目で見たベトナムの姿をまとめたのが、「おばさんベトナム留学記」です。

本の紹介

大阪で教員をしていた著者の中嶋弘子さんが、一年間ベトナムへ留学したときの体験記となっています。
ベトナム留学の目的はベトナムの教育制度を学ぶということでした。
ベトナムの教育に関する章は[三章 ハノイの小学校]の部分が主です。小学校と養護学校へ実習に行ったときのことが書かれています。

全体としては、ベトナムでの日常を綴った内容が多い印象です。
ホームステイ先のお世話になった方や、大学でベトナム語を教えてくれた先生など、身近なベトナム人との交流で感じたことが書かれています。

読もうと思ったきっかけ

この本を読もうと思ったきっかけは、2つありました。
1つ目は、結婚し子どもも生まれ、30代半ばとなり、世間ではおばさんの部類に足を踏み入れている私。年齢を重ねてからも新しいことを始めている人をみると、私も頑張ってみよう!と思えるからです。
時間を過去に戻すことはできません。
だから10代20代の挑戦する姿より、自分がこれから向かっている年齢の方々が頑張っている姿のほうが、まだ私にも未来に楽しいことあるんだなって思える気がするんです。もちろんそれは自分の頑張り次第ではありますが。

2つ目は、あとがきに書かれているのですが、中嶋さんは18歳の次男を事故で亡くされたとありました。留学先としてベトナムを選んだのは、その亡くなった息子が大好きだったベトナムがどんな国なのか知りたかったから、という記述を読んだからでした。

私も息子がいますが、もし中嶋さんのような悲しいことが自身の身に起きたら、やっぱり亡くなった息子の足跡をたどるように、彼が好きだったものに近づこうとすると思います。

それならすぐにベトナムへ旅行にいくのが手っ取り早いのに、ベトナム語を勉強して留学に結びつけるってすごいバイタリティーですよね。

知らなかったベトナムのあれこれ

1つ目:アオババ

アオザイは知ってるけど、アオババは初耳でした。

こんなふうに丈の長いアオザイに対して、アオババは

ZEN外国語教育センター

短い。なんでもベトナムのおばさんがよく着ているからその名がついたとのこと。
たしかにアオザイは長くてとても優美な感じですが、アオババはとてもカジュアルな印象ですね。
私もおばさんになり、かわいいより楽で便利なことを優先するようになったので、ベトナムでも同じ感覚なのでしょうか。

2つ目:ほとんどの先生はアルバイトをしている

ハノイ師範大学で著者の中嶋弘子さんに、ベトナム語を教えていたハイ先生は大学の授業が終わったあと、高校で英語の授業、そのあと自宅で英語の塾をしていたとのこと。

そんなに掛け持ちしてるの?
大学で先生やってるだけじゃ生計を立てられないの?
大学の先生って授業のほかに、自身の研究テーマの研究をしていたり、大学の運営に携わったりと大学にずっといるイメージだったのですが。
ベトナムでは教師の給与が低く、ほとんどの先生はアルバイトをしているようです。

調べたら↓のような記事がでてきました。これ教師やりたい人いるのかな?よほど志のある人じゃないと厳しいように感じます。

バイクタクシーよりも低い教師の給与|ポステ

もっと調べてみると↓こんな記事も出てきたので、最近は給与に関する改善の動きが見えてきたみたいです。将来を担う大切な子どもたちの成長をサポートする大変な職業ですから、早くこの記事の内容が実現するといいですね。

「教員の給与を公務員の中で最高水準に設定」、国会で一致[法律]
国会は20日、教師法草案を審議した。議員らは、収入の圧力が教育業界への優秀な人材の誘致を阻害する原因の一つになっていると...

3つ目:授業は鉛筆ではなくボールペン

小学校での実習で、授業の様子が書かれていたのですが、使われていたのはボールペンだったとのこと。書き直すことができないから、皆ゆっくりと丁寧に書き取っていたようです。

そのときに、フランスも授業ではボールペンや万年筆を使うと聞いたことがある。
ベトナムはかつてフランスの植民地であったから、同じなのかな?と思ったのですが、特に関係なさそうです。そして鉛筆を使わない国って結構多いんですよね。

実習で見学した授業は、1クラス50人のクラスだったそうですが、とても静かだったと書かれています。ノートに文字一つ書くにしても、とにかく書き直せないわけです。それは真剣に書かざるを得ないですから自然と静かになりますよね。

授業中は校舎全体が静かになるほど静かだったそうです。隣や後ろの子にちょっとおしゃべりして「静かにしなさい!」と怒られる子はベトナムにはいないのだろうか。

感想

近年「Made in Vietnam」の商品を本当によく見るようになったなと思う。
最近では日本から近く、物価も安いため人気の旅行先となりました。

1990年後半〜2000年初期にかけて、様々な商品の生産拠点が中国からベトナムに移りだし、急速に発展した国であるベトナム。

でも20年前の中嶋さんが留学に行った2005年は、今のようなベトナムとは違ったんだなという印象をうける箇所がいくつかあります。

例えば、
本の中で、クーラーや冷蔵庫などの家電がない家もあるということでした。
最近のベトナムは、ハノイやホーチミンなどの大都市と地方とでは差がありますが、家電の普及率はかなり伸びてきているとのことです。

また、ベトナム滞在中、中嶋さんは電子辞書とデジカメを盗まれてしまいました。
どちらも滞在中に必要な物のため、すぐに新しいものを購入する姿に先生やホームステイ先の奥さんは驚かれていたとありました。
当時のベトナムでは、どちらも高価なものでポンポンと当たり前のように新品を買える日本人が裕福にみえたのかもしれないとのことでした。

現在のベトナムは、中間富裕層が増加しており、ブランド品や高級品の消費も伸びているようです。爆買いといえば中国人のイメージが強いですが、ベトナム人も中国に次ぐ爆買い旅行客として知られています。
当時の中嶋さんのように、必要なものは新品を買う、すぐに買えるベトナム人も今はたくさんいることでしょう。

また、普通に日本で54年間過ごしてきた中嶋さんだからこそ感じた、ベトナムの時間の流れや感覚の違いがところどころに書かれています。
例えば、 
ものを安く買えたことを自慢するベトナム人に、自身の持ち物を「これは少し高いけど良いものなのだ」と説明しても理解してもらえなかったこと。
手のかぶれで病院にかかろうとすると、そんなことくらいで病院に行くなんて、と笑われてしまったこと。
時間にルーズでドタキャンも珍しくはなく、予定は未定。今を生きるベトナム人に戸惑ったこと。
大学が休みの日の朝、市場に行くと大勢の人が買い物に来ていて、なぜみんなこんなに朝から時間があるの?と不思議に思ったこと。
もしベトナムに詳しい人だったら”これがベトナムの当たり前だから”、と特に書かない事かもしれません。でも中嶋さんがベトナムに行き、初めて知った事を素直な感想で書かれているので、「なるほどな、そんな違いがあるのね」と読んでいる私も新鮮な気持ちで読むことができました。

こんな方におすすめ

2005年の滞在記ですので、物価などは参考にならないかと思います。
でも歩道をバイクが走ってて危険とか、みんな耳が悪いのでは?と疑いたくなるほどの騒音についてのことや、
(↓ちょっと調べるだけでこんなランキングを発見しました。)

ホーチミン:地球上で最も騒音が酷い都市ランキングでワースト4位タイ[社会]
国連環境計画(UNEP)がこのほど発表したレポート「Frontiers 2022: Noise, Blazes and ...

祝日の過ごし方や食べ物など生活に関する記述は今もそんなに変わっていないと思われます。
一年滞在した中で感じたありのままのベトナムの姿を書いた本だと思います。

・海外の滞在記を読むのが好きな方
・ベトナムにこれから行ってみたい方
・ベトナムの方が祝日はどんなふうに過ごしているのか知りたい方
にオススメですよ。

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